いつまで続く、耐乏生活!
「GOTO トラベル」というキャンペーン?で旅行業界は一息つくかと思われたが、東京都知事のご判断で、東京は地方に旅行に行くのを自粛しようということになった。
なんともお役所仕事という感じだ。コロナによる致死状態にいたる統計値は、例年のインフルエンザよりもずっと低いことは、著名な知識人がに止めている認めている。
とりわけ日本は、欧米や南米に比べると極端に低く、ヨーロッパに住む知識人によると、「日本は当所からコロナに勝っていた」という人もいるようだ。
個人的には、倒産不況で苦しく人ははるかに多いだろう。大学生はいまでのキャンパスライフを楽しむことが出来ないし、アルバイトもできない。
コロナが与えた影響は計り知れない。
一方、コンピューターゲーム、書籍、ネットムービーは売上上昇中。
それはそうだろう、ステイホームというんだから。
社会は変わり続けている。個人も国も鎖国状態ではないだろうか。
それでも日本は内需が高いから、コロナによるソーシャルディスタンスに徹して、そちらに国の予算を投入すれば、そちらが経済で伸びていくんだろうが、その議論もされていないようだけど。。。。
堪え続けよう、コロナ。。。
毎日、コロナ感染者の数字は、特に東京では、その上昇ばかりが伝えられている。
僕らはひたすら堪えるのみ。
しかし、堪えることで命を削られる思いだ。
というのは、「人は人との関わり合いの中で喜びも悲しみも感動も感じる存在」と思うからだ。
元気に遊びたい盛りの小学生は可哀そうだ。
通勤のときに、車から見る小学生は元気に歩いているが、きっと学校でも体を接触たり、近くで大声で笑いあったりとかできないんだろう。
それでも、日本はアメリカやヨーロッパに比べたら、死亡者や重症者の数がずっと低い。アメリカでは、悲しいことにコロナ感染の疑いを残したまま亡くなった人には、葬儀もできないんだろう。映画で見た中世ヨーロッパの「ペスト」感染爆発状態と同じなんだろう。
人接しないところで、思い切り息を吐き、息を吸いたい。例えば、一人で漕ぎ出したボートの上とか、一人で登った登山の山頂とか。
民法が改正された、遺言だけでは?
民法の遺言の効力部分が大きく改正されていた。
民法899条の2によると、「相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件をそなえなければ、第三者に対抗することが出来ない」とする。
例えば、相続人が子供3人だとする。その場合、法定相続分は、各人3分の1になる。ところで、被相続人が「遺産は全て長男の甲に相続させる」とした。これを知った遺産をもらえない次男乙が腹いせに何も知らない友人丁に遺産の3分の1に当たる。不動産を勝手に売却してしまった。この場合の法律関係はどうなるだろうか。
結論は、法定相続分を超える部分については、登記なくして第三者に対抗できないことになり、丁が先に所有権移転登記を得るか、甲が先に相続による所有権移転登記を得るかで決まることになる。
しかし、丁が甲よりも先に移転登記を得ることができるだろうか?
不動産は相変わらず、被相続人のままである場合、乙が第三者に移転登記をしようと思えば、その不動産が相続財産であり、自らも相続人の一人であることを法務局に証明しなければならないだろう。実務上、遺産分割協議書がなければ、乙と丁だけで非相続人所有名義の不動産の移転登記を認められることはない。
ということになるのではないだろうか?
エンディングノートを書いてみよう
前から気にしていたことだけど、自分のエンディングノートを書き始めることにした。
書く場所は、このブログ。
もっともそうだとすると、本当の自分をどこまで出せるかどうか、はっきりしない。
まずは、書けることから書いていくことにした。
生まれた日:昭和33年5月15日
生まれた家:上の住所に建っていた2階建て住宅の2階の畳の部屋(10帖く
らいの大きな部屋だった)
生まれた時の同居家族:母、父、父方の祖父、曾祖父、祖母、父の妹3人、弟1人
その頃の暮らし:そのころ、若戸大橋が建設中であり、僕が泣いてぐずったら、母がおんぶして若戸大橋を見に散歩に出てくれた。また、家の前には、国鉄の大きな操車場があって、これを跨ぐ鉄橋があって、母を僕をおぶって鉄橋の上を端から端まで歩いてくれた。まあ、母にしても家に帰っても舅、小姑ばかりで面白くなったんだろうけど。
健康状態:大病はしなかったみたいだけど、右足に大やけどをした。これって、確か3歳になる前くらいだったらし、そのころ、上の父の実家から出て、母がアパートを借りて暮らしていた。つまり、母は実家に同居しているのが嫌になって、洋裁が出来たから自分で稼げるということで、別居していたんだ。だから、洋服の仕立てを請け負っていたところ、僕が泣いてぐずったから、「ええーうるさい。裁縫に集中できない」と、ネオを猫を僕に投げつけた拍子かなにかで、薬缶のお湯が僕の右足に大量にかかったんだ。それで、右足の外側がべろっとはがれて、僕は大泣き。
慌てた母は、すぐに僕をおぶって地元で名医だという皮膚科(戸畑区麻生通り?)に担ぎ込んだ。どんな治療をしてくれたか、僕は分からないけど、その後、ケロイドが残ることもなく治ってしまった。
今でもうっすうらと、僕の右足のすねの外側は、ポツポツとした多数の斑点が残っており、これは夜間のお湯で皮膚がべろっとはげて、毛穴の廻りだけが変な状態になっていたので、そのたけに凹凸のない斑点模様だけのケロイドとなってしまったんだ。
ちなみに、ご先祖様のおかげで、そこに菩提寺があるので、昨年夏、菩提寺付近にいった。たまたま、僕の実家と当時住んでいたアパートもその付近にあったもので、もちろん建物はなかったが、地形や遠くに見える「若戸大橋」はそのままであり、少し懐かしさを覚えた。
映画「おくりびと」を見て
この映画を見たのは、今から3年前かな?
山﨑努の渋い演技と木本雅弘の誠実な演技に未了された。
亡くなった人たちの生前の思いやどんな生き方をしていたかが、ジーンと伝わってきた。恋愛ものではないのに、切なさがひどく強烈だった。
契約書には何がある?
世の中は契約でいっぱいみたいだ。
1 例えばクレジットカードを作るときに、「会員規約」というものを承認したものとして、クレジットカードが渡される(通常は、申し込み後の郵送)。
この規約には色々と注意しておかなければならないことが書かれている。
例えば、?条(暗証番号)
・・・会員は、暗証番号を他人に知られないよう、善良な管理者の注意をもって管理する。カード利用に当たり、登録された暗証番号が使用されたときは、当社に責めのある場合を除き、本会員は、そのために生ずる一切の債務について支払いの責めを負うものとする。
これって、4桁の暗証番号だからまぐれで当たったりすることもある。もし、どこかでクレジットカードを紛失したときに、即座に届けておかないと、拾った誰かが、まぐれ当たりの暗証番号で50万円をキャシングした場合、本人が支払いの責任を負わなければいけないことになってしまう(おおー怖い)。
2 クレジットカードを作る際は、そのときの職業などを正直に申告しよ う。例えば、10年以上サラリーマンだったけど、クレジットカードを作り時だけ一時失業していて、その後に就職したとしよう。しかし、このときに必要なのはクレジットカードを作る時の状態であるから、細かくいうと、不正な申告があったものとして、後日、クレジットカードの会員資格を失うかもしれない。そのクレジットカード会社だけならよいが、このことが波及して他社に、「信用に問題があり」などとの情報が出回り、他社でもクレジットカードを作成できなくなるおそれもある。
3 契約書(規約)はよく読んでおくに越したことはない。