地元福岡で終活を楽しみながら、ともに生きるブログ

僕って、高校のころ、おじいちゃん、おばあちゃんと三世代同居していた。よかった思い出が、おじさん、おばさんの遺産相続で消し飛んだ。大好きなおじいちゃんもおばあちゃんのために、してあげることが小さかった。今度は僕の番になった。少しずつ同級生が逝ってしまうし体も弱くなる。何でも話せる友達がいないと老人は寂しい。だから、ブログで友達を作りながら、お互いにサポートしあいたい。は弁護士法人は当たり前であり、どれもこれも大規模化している。一方日本はどれもこれも小規模化している。とりわけ士業は零細企業状態。だからこそ大規

エンディングノート、続き

「2ページ目」

なかなか重たいテーマ。。。

1 告知について

 □病名や余命を教えてほしい

 □病名だけは告知して欲しい

 □どちらも告知不要

 □家族に任せる

2 どこで過ごしたいか

 □自宅

 □病院

 □老人ホーム

 □家族に任せる

3 延命治療

 □希望する

 □不要

 □尊厳死を希望する

 4 臓器提供

 □希望する

 □希望しない

 □ドナーカードを持っている

 

などなど。延命治療は全く希望しない。

これって全く僕の個人的意見だけど、肉体をもっていて、これを使っていくのは実は苦労するんだ。この世での生活をしていくからには、肉体がいるが、肉体の外は外界だし、そこには最近もいる。また、人間としての動いたり、本を読んだりを楽しむためには、強い体が要るし、体を守るための休息も必要だ。

 これって面倒なんだよね。というと命を粗末にしていると非難されそうだけど。そこはそれ、各人の考え方であり、もっというと、僕って潜在的な自殺願望者なんだと思う。日本は正確ではないけど、世界でも自殺率がとても高いそうだ。これって、多くのいやいや自殺願望をもつ自分人が、この世を楽しんでいないからだと思う。自分で自分のことと改めて振り返ると、僕って「この世を楽しんでいない」内面的にはね。

 でも僕の周りの人は、よく海外旅行に出かけるとか、空を飛ぶ趣味を持っていることとかから、僕は自分勝手に人生を楽しんでいると思っている。

 延命治療を希望しない理由は、とても気弱な理由なんだけど、僕が大学生の頃、腎臓病で僕が入院していた時、小学5年生なのに悪性の急性腎臓病のため、15歳までも生きられない子がいた。そんなことを思うと、実は「もう、おれはいいよ。あの子供くらべたら長生きしすぎたよ。厚かましいかな」って思っているんですね。

 なんか、暗い話になってごめんなさい。

 これって、「永遠のゼロ」(百田尚樹)の中に多く出てくる『戦友が戦死したのにおれは長生きしていいのか」という話と似ていると思う。

 

   あの子に比べたら、なんの罪もなかったのに、早々と20歳台でなくなったといノウノウと俺は長生きしてさして社会にも貢献していない。おれって罪深い奴なんだ。

と考えてしまう。

 だから延命治療とかは一切したくない。この世でしくじったことをおれは忘れたいんだ。長生きしたら、またしくじりを思い出すじゃないか。とね。。。

 暗い話でごめんなさい。ところが、僕って他人が長生きすることは肯定的に思うことが多い。